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私と息子たちのタイムスリップの日々
フルタイムで働きながらの双子育ての思い出、今は初期の認知症の主人と、私の乳がんの術後の事もちょっぴり。
陸前高田から大船渡
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2012.10.1
9月29日にJALで伊丹からいわて花巻空港へ、
その後バスで陸前高田市に向かい、
現地で語り部をしてくださった方に震災当日のこと、
混乱の中、それぞれの判断で、助かった方、命を落とされた方のこと、
避難所に指定されていた安全なはずの建物で多くの人が亡くなられたこと、
この話を教訓として持ち帰り生かしてほしいと、
貴重なお話を聞かせていただきました。
何もない草原にしか見えなかったところは、
市の中心地で、官公庁、銀行、商店街、住宅街があったこと、
一見草の茂った小高い丘にしか見えないところが、
がれきが積み上げられた場所で、その場所に草が茂っていたのです。
テレビや新聞で知っているわかっているようでわかっていないのが、
ほんの少しわかった一日でした。せめてもの協力として、お土産を買い、宿舎へ。
30日は気持ちを切り替えて、朝からイベントの大阪のたこ焼きのコーナーへ。
仕込みをお手伝いして、リハーサル、本番。精一杯の笑顔で歌いました。
たこ焼きコーナーに戻ると驚くほどの行列が・・・。
そのあとはバスの出発までひたすらパックに6個づつのたこ焼きに
ソースをぬり、青のり、粉カツオをふり、輪ゴムでとめ続けました。
ちょうど小雨も上がり、日も差していました。
帰りの飛行機が台風の影響で欠航になるかもしれないということで、
新幹線に変更して、東京には予定通り着いたのですが、
東海道新幹線は遅れに遅れ、でも無事に午前様で帰宅しました。
や主人とメールで台風状況を交換し合いながらの車中。
でもちゃんと座席に座ることもでき(立ちっぱなしの方もいました)、
その後、東北に台風の大きな影響が出ているようで、
一緒にたこ焼きを販売した方、豚汁とおにぎりをお昼に用意してくださった方、
出発を手を振って見送ってくださった方、
大変だろうなあとご無事をお祈りしました。
空港のはなっぴー、陸前高田、コーラスの「ひょっこりひょうたん島」の小道具。



1995.1.18
【4才10か月の頃】
<阪神大震災>
『昨日は午前中出勤して、午後から主人が出勤したのですが、はずーっとブロックで遊んでいました。Mくんが遊びに来たのですが心配なのでおばあちゃんの家まで送っていきました。(シングルマザーのお母さんはお仕事)もうあまり余震もないとは思うのですが心配です。母』
T保育園の保育ノートより
[2012/10/01 01:34] | 保育園 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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たんぽぽ・ママ

Author:たんぽぽ・ママ
女性 関西 
1990年生まれの双子の息子の母です。
30年勤めた会社を2011年に退職。 
同業で現在パート勤め。

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