私と息子たちのタイムスリップの日々
フルタイムで働きながらの双子育てでした。2012年春、息子たち(兄・平、弟・治)は大学を卒業して社会人になりました。
ピンクの紫陽花
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2012.4.30
昨日は時々行く近所のランチの美味しいカフェで、
フリーマーケットがありのぞいて見ました。
主人はドライフルーツ、私は食器を4点買ってしまいました。
帰りに可愛い紫陽花を見つけました。
ゴールデンウィークの間に衣替えをしないと、とゴソゴソ・・・。
が高校まで着ていた学生服(詰襟)とズボンと夏用の開襟シャツ・・。
一点ずつ残して処分しました。
は私服だったので。
主人の大学の制服のVANジャケット(何十年前やら)、
捨てがたくて残していたのもやっと処分しました。
午後には久しぶりに学童保育の指導員から電話、
署名の依頼でした。
用紙を受け取りに行くと、変わらない懐かしい笑顔。
最近とった家族写真も見てもらい少し盛り上がりました。


1993.5.27 
【3才2か月の頃】

T保育園の保育ノートより
『朝、私が出勤する時、"さようなら、またあした(?)"といって手のひらを合わせるのですが、一度ではすみません。2、3回して出かけようとすると、また玄関まで裸足で追いかけてきて二人必死で手を出してきます。それにつきあっていると8:06発の地下鉄に乗り遅れそうになります。あせります。でもは私がさっさと出てしまうと、しばらく手が付けられないくらい泣くそうです。昨日の朝は大変だったそうです。母』 『その後ドアの鍵をめぐってを押しのけてがしようとしたものですから頭をたたくやら、頬に噛みつくやら(ですが)で大変でした。父』 一才からお世話になったT保育園では朝の登園は主人が、夕方のお迎えは私がしていました。
[2012/04/30 09:38] | 保育園 | トラックバック(1) | コメント(0) |
シャガとツツジの花
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2012.4.29
今日は本当にいい天気で洗濯日和です。
そして朝からトマトとゴーヤの苗に水を・・。
金曜の朝にいつもの喫茶店に入るとき
『天使のトマト』の鉢があり花を見ました。
思わず店のご主人に「トマトの花って黄色いんですね、
なんか白のイメージを持ってた・・」
恥ずかしいですが見たことありませんでした。
は高校時代の友達と集まるらしく、
昨日買ったシャツを着て出て行きました。
はiPodタッチに夢中です。


1992.4月 
【2才1か月の頃】

『保育園から家に帰ると、一番に手を洗うのですが、今日も二人で洗面所の踏み台を取り合い、に右手にかみつかれ大泣きしました。この頃もあの手この手で一番を狙うので(靴を脱いでいる時にトンと突き飛ばしたり)、これまでいつも当然のように一番を独占していたの座が危ういようです。母』 『サンルームに出て遊びました。今日は日差しも強く、一番汗をかいて髪もぬれていたちゃんでした。お友達と新幹線を取り合いをしていたので、ジッと見ているとお互い一歩も譲りません・・・。結局、ちゃんが勝って少し乗った後、そのお友達にも貸してあげていました。保母』
T保育園の保育ノートより
[2012/04/29 12:01] | 保育園 | トラックバック(0) | コメント(0) |
藤の花
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2012.4.28
朝の散歩の帰りに藤の花を見かけました。来週は満開かもしれません。
給料の入ったは 『 iPod タッチ 』 をゲット。
見ていると私も欲しくなりますが使いこなすのが大変そう。
6才上の姉が半年くらいでやっと使いこなしているのを観察すると、
不可能ではないのでしょうが。
は梅田に出かけ、シャツを二枚(まったく同じもの・・・)買ってきました。


1995.10月
【5才7か月の頃】
<もうすぐ運動会>
10月8日は保育園最後の運動会です。マーチング、リレー、おゆうぎ、は 「運動会のうた」 の時に壇上で指揮棒を振る予定です。は 「リレーで三人でも四人でもぬかして一番になる。」 とはりきっています。というのに、9月の後半からが発熱し4日かかってやっと落ち着いたと思ったら、今度はが40度の熱で5日目に熱が下がったので保育園に行かせたら午後に39度8分の熱を出し、保母さんに小児科に走っていただくはめになりました。点滴で熱は下がったのですが、すっかり元気をなくしたです。私も仕事を1日、半日、と休み続ける始末で、そのせいか湿疹ができ、体重が何と5キロも増えてしまいました。(何で減らないの・・・)当日までに何とか体調を整えて家族全員参加が目標です。
双子サークルの会報より
[2012/04/28 22:19] | 保育園 | トラックバック(0) | コメント(0) |
大学の窓から
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2012.4.27
去年、家族で車で遠出した帰りに、の大学に立ち寄りました。
偶然オープンキャンパスの日でした。
ついでなので無人の研究室の部屋をのぞきました。
廊下の窓からの景色がきれいでした。
もう行くこともないのだと思うと少しさびしいです。
昨日の写真の白い花、何と 『姫リンゴ』 でした。
24日の写真は万博公園で写したもので、同じリンゴの仲間でした。
そういえば似ています。
ちなみにバラ科のリンゴ属です。
樹木の鑑定サイト 『このきなんのき』 で初めて質問したら、
すぐに教えて下さる方がいてすっきりしました。


1994.11月
【4才8か月の頃】
<メガネ>
は今年の三月、たまたまに 『めばちこ』 が出来て眼科で受診したとき、強度の遠視による視力の低さを指摘されました。その時点ではビン底メガネをかけても0.2か0.3と言われ、このままでは小学校の普通学級に入るのも難しいと言われ、親としてしばらく夜も眠れないほど悩みました。私自身片目だけですが遠視による弱視ですので、私からの遺伝のようです。二人は一卵性の双子ですので、両目にしっかり同じ遺伝子を受け継いでしまったのです。二人が2才の時、目の周囲のアトピーで同じ眼科で治療を受けたとき、もともと心配していた視力のことを尋ねたら正常だと言われたので、すっかり安心していて3才児健診の視力検査でも、はっきり判定できなかったのです。落ち込んでいた私に 「普通学級に入れなくても、それもまた親も子もいい経験になるよ。」 と主人は言ってくれました。医療センターの小児眼科に通いながらメガネをかけて訓練をし、現在は矯正視力0.7くらいになり、まあ何とか保育園のお友達と同じクラスになれそうです。少しでも早い時期から訓練する事で視力は 『育つ』 のだそうです。左目に斜視のあるはアイパッチも併用しての毎日ですが、何とか頑張っています。アイパッチの着用時間も最近になって終日(週1日休み)から、1日3時間(毎日)になり保育園ではしなくてもすむようになり喜んでいます。メガネをかけるようになってから動きも活発になり、運動会のリレーでは活躍しました。
双子サークルの会報より
[2012/04/27 22:41] | 保育園 | トラックバック(0) | コメント(0) |
白い花
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2012.4.26
散歩の途中で見つけた花。
桜では無さそうですが、名前がわかりません。
バラ科?もしご存知の方がおられたら教えてください。
はニンジンのヘタを水を張ったトレイに並べ、
伸びてきた芽を育てています。
葉が茂ってくると結構きれいです。


1989.11月
【妊娠7か月の頃】
妊娠2か月の時は切迫流産で2か月近く自宅で絶対安静、もうすぐ5か月という時に、早期破水で救急でK医大に入院、やっと退院して病気休職中、最初に通院していた実家の近くの産科医院のK先生から電話がありました。破水の時に電話で救急車を呼んで少しでも近い病院で処置を受けるように指示されて以来、連絡をとれていなかったので、心配して何度も電話してくださっていたそうでした。お腹の子が無事と伝えると 「よかったよかった。あなたは妊娠しにくい体質のようだからおそらく次はないかも知れないよ、男だの女だのと我儘言わずに、お腹の赤ちゃんを無事に産んで大事に育てなさいよ。」 と優しく言って下さいました。切迫の時も、仕事を休んで自宅安静をすることに躊躇していた私に 「仕事休めませんか?休めないような会社なら今すぐ辞めなさい」 と恐い顔できっぱり言われました。自然に妊娠できたのは幸運だったのかもしれず、K先生の言葉をかみしめました。
[2012/04/26 09:07] | 妊娠中 | トラックバック(0) | コメント(0) |
初月給
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2012.4.25
は今日初月給が入金されていたそうです。
「4月は満額じゃないよ、きっと」 がっかりしないように事前に一言。
一言多かったかしら・・。
さっそくヨドバシで、スキャナーを買ってきました。
はまだ明細も 「もらったかなあ?」 と。
社外研修で出社していないから?余計な憶測ですね。
遠い昔、初月給で欲しかった鳩時計を買ったのを思い出しました。
両親にも何か買ったと思いますがまったく記憶にありません。


1990.3月
【息子たちの誕生】
前日に続く
は2820グラムでしたが多分新生児室の赤ちゃんの中では一番小さかったのではなかったかと思います。他の赤ちゃんがまるまると血色のいいのに比べ我が子は手足も棒のように細く青白く思えました。「でも仕方ないわ、だって双子なんだもの。上等よ。」 と開き直っていました。も保育器から新生児室に来てからは3時間おきの授乳を交代でしていましたが、母乳の出が悪かったので20分程度頑張ってみても体重は殆ど変化なしで、その後30分以上かけて搾乳しても20ccがやっとでした。足りない分はほかのお母さんから頂いた母乳や、粉ミルクで看護婦さんが授乳してくださっていたようです。マッサージの効果もなく、胸が張る感覚も殆どありませんでした。そうこうしている間に退院の日が近づいてきました。何だか不安で 「もうしばらく親子共々居させてください。」 などと冗談めかして先生に話したりしていました。産後の1か月は実家の母が自営業のレコード店を休業して手伝いに来てくれることになっていたのですが、流行のある商売なので在庫が増えるのではと気がかりでした。退院当日はお世話になった周囲の方々に挨拶を済ませたあと子供たちを受け取り、緊張と不安でいっぱいのままK医大を後にしました。家に着くと主人が用意してくれていたベビー布団に二人を寝かせ、ほっとしたのも束の間で授乳の時間がやってきました。病院でもらったミルクの缶をさっそく開けて私の育児が始まったのです。
双子サークルの会報より
[2012/04/25 22:12] | 誕生 | トラックバック(0) | コメント(0) |
リンゴの花
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2012.4.24
今日は休み。昼間は暑いくらいのお天気でした。
家から歩いて30分の施設で研修中の
よく聞けば1か月の研修だそうです。
1時間半かかる会社への定期券買ったのに。
昨日までお気に入りの薄手のダウンジャケットを着ていた
(暑くないの?といっても無視)
やっと綿のパーカーを着ていきました。


1990.3月
【息子たちの誕生】
双子サークルの会報より
前日に続く
最初に生まれたは、すぐに大きな産声をあげてくれましたし、次のはまるで泣きながら生まれてきたみたいに思えるほどでした。が2420グラムと少し小さかったので一応すぐに保育器に入るために連れて行かれたので、どちらの子も自分の手に抱かないまま陣痛室でしばらく休息した後ストレッチャーで廊下に出ると、何と主人や母の姿はありませんでした。そのかわりに同室の歩ける人 (歩行禁止の人もいたので )が待っていてくれて祝ってくれました。結局主人は、子供が生まれたことも知らずにいつもどおり面会時間ぎりぎりの7時前にやって来て「おめでとうございます」と言われて目を丸くしたのです。母などは二日後にやっと顔を見に来てくれるという呑気さでした。妊娠中にあまり色々心配をかけたので気が抜けてしまったのかもしれません。私自身も出産後丸一日は力が抜けて食事ものどを通らず低血糖で倒れてしまうというおまけつきでしたが、初めての授乳でを抱いたときはやはり嬉しさで顔がひとりでにほころんでニコニコ 「おにいちゃん、元気に生まれてくれてありがとね、おとうと君はまだ保育器だけど大丈夫、明日には会えるからね」 などと心の中で話していました。
次回に続く
[2012/04/24 22:52] | 誕生 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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2012.4.23
仕事の日は、朝、30分早く出て、
お気に入りの喫茶店で美味しいコーヒーを一杯。
家でとっていない新聞をゆっくり読みながら。
私なりに抱えている悩みをちょっと払って
一日を始めるために大切な時間です。
職場を異動するたびにお店を探すのも楽しみの一つです。
大きな窓辺にステンドグラスのランプシェードのあるこのお店は、
一年前まで働いていた職場の最寄駅の近くでした。
この一つ東の駅で、今、は働いています。


1990.3月
【息子たちの誕生】
双子サークルの会報より
前日に続く
病院を外泊したその日の夕食はしゃぶしゃぶを食べ早めに帰宅してゆっくり休み、翌日は天満宮で梅の花を楽しんだ後、天麩羅のフルコースを食べました。そのころからお腹が煩雑に張っていたのですが、久しぶりに歩き回ったからかなと呑気に構えていました。予定の時間に病棟に戻り、一応検診を受け、異常なしということで主人は帰り、その夜の10時頃に陣痛が始まったのです。30分おきに数回確認した後、詰所に知らせに行くと、すぐに診察があり、その後お産の準備を持って陣痛室に行くことになりました。何だかバタバタしていたので主人に連絡を取るのを忘れたのですが、朝になったら看護婦さんにお願いしようと考えていました。ところが3月5日は早朝から出産ラッシュで (7人生まれたそうです) 頼んだ看護婦さんにも忘れられていたのか、主人にも実家の母にも連絡のつかないままの出産になりました。そのまま陣痛室で朝を迎え、午後3時前にやっと分娩室に移動、するとなんと外来の主治医で病棟主任のS先生と病棟の主治医のM先生が・・・。その顔を見た途端に急に力が湧いてきて、何と3時7分に第一子を、3分後には第二子を自然分娩で出産することができました。第一子のを担当してくださった助産婦さんは、私が一番信頼していたYさんと言う方でした。第二子のの担当は主任助産婦さんでした。大病院でこれほどの希望通りの医師と助産婦の方々に囲まれて無事出産できるなんて、つくづく幸運だったと思います。
次回に続く
[2012/04/23 23:47] | 誕生 | トラックバック(1) | コメント(0) |
大学の猫
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2012.4.22
以前、が送ってくれた大学の構内での写メです。
いつもこのくいの上で 『ひなたぼっこ?』 していたそうです。
『なんか、なごむねん・・』 とコメントが付いていました。
今日は私は生協で購入したフルーツトマトとゴーヤの苗を、
プランターに植え替えました。
たっぷり腐葉土を混ぜて。
収穫が楽しみです。
アサガオの種も早く植えないと。
ゴーヤとアサガオのささやかなグリーンカーテンが、
今年も成功しますように。


1990.2月
【息子たちの誕生】
双子サークルの会報より
前日に続く
安静入院でまず入った二人部屋では切迫流産で絶対安静のMさんと同室になりました。K医大の小児科の看護婦さんで勤務中に突然入院になった人でした。2週間後に6人部屋に移りました。妊娠中毒症のNさん、切迫流産のOさん、Mさん、予定日を10日過ぎても生まれず入院となったTさんなど、それぞれ悩みを持つ者同士でしたが、結構明るくワイワイやっていました。夜中に話が盛り上がって看護婦さんに 「あなた方の声、病棟中にひびいてるわよ!」 とお目玉をくらったり、医師や婦長にあだ名をつけたり。そんな日々を過ごしているうちに何だか無性に外の空気をすいたくなり、駄目で元々と病棟の主治医のM先生に外泊の許可を願い出たところ 「そうね・・いいわよー」 とあっさりOKを頂き、3月3日夜から4日夜まで外出出来ることになりました。6日が予定日だったのでちょっと不安はありましたが、「ちょっとでもおかしいと思ったらすぐに戻って来なさいよ」 と先生に厳命をうけ、3日の夜、主人の車で病院を出ました。
次回に続く
[2012/04/22 16:07] | 誕生 | トラックバック(0) | コメント(0) |


2012.4.21
朝の散歩の途中によく立ち寄る、
大きなガラス窓とガラステーブルのあるカフェでコーヒーを飲みました。
は以前からほしかったバランスチェアーを就職祝いを資金にして注文。
今日届きました。
は来週に受けるソフトウェアの研修会場の場所の下見に出かけました。


1990.1~2月
【妊娠8か月から9か月】
双子サークルの会報より
大きなお腹をかかえ迎えたお正月、一応手作りのお節料理で祝い、主人と私のそれぞれの実家を訪れ、あとはもう生まれるのを待つだけという心境でした。ずっと3月6日の予定日より早くなると言われ続けていたので、ここまで持ちこたえたことで満足していました。「双子の妊娠・出産・育児」 の著者レーネ・ロノウさんの講演会にも出かけることが出来ました。M市民会館の会議室で行われた講演会はほぼ本の内容にそって進められていましたが、特に心に残っているのは子育てのあらゆる場面において自分一人で頑張りすぎずにどんどん人の手を借りるようにするべきだと言うことでした。(これは双子にかぎりませんね)主人はもともと料理や自分の身の回りのことは出来る人でしたので、おおいに期待していましたし、私自身末っ子の性格が幸い(?)してか人に何かしてもらったりするのをあまり重荷に感じない方でしたので子供たちさえ健康でいてくれたら何とかなるかなーと都合よく考えることにしました。それにしても一日一日大きくなっていくお腹は本当に想像以上で悪阻の時のように度々吐き気がするのに困りました。お腹の皮は伸びきってツルツルピカピカと言う感じで、洗面所にあった赤いコップがそのままうつっていた時は笑ってしまいました。もうそろそろ限界だなーと思っていた頃、K医大の定期検診で主治医のS先生に 「もうそろそろ入院するか?」 と勧められ内心ホッとしながら 「はい・・。」 2月12日より安静入院となりました。この時腹囲104センチ体重15キロ増でした。準備は12月のうちにすっかり整っていましたので、安心して入院することが出来ました。妊娠中期に2か月入院していましたので見慣れた病棟に見慣れた看護婦さんに助産婦さん。(前回の入院の時に20数人いる看護婦さんたちの名前もバッチリ覚えてしまいました。)「あらっ、お帰りなさい」 と言って下さった看護婦さんもいました。
次回に続く
[2012/04/21 19:11] | 妊娠中 | トラックバック(0) | コメント(0) |
新入社員
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2012.4.20
毎年の事ですが、
この時期には新入社員らしきスーツ姿の男女が、
先輩らしき人に連れられて、
私の働く事業所にも現れます。
少し緊張した顔で証明を申請したり、
はにかんだ表情で受け取ったり。
見ていて微笑ましいです。
うちの息子たちも似たようなものなのでしょう。
昨日やっとの新しい健康保険証がそろいました。
わが家は全員国民健康保険だったので、
今日、区役所に行こうと思っています。


1995.2月
【4才11か月の頃】 
<傘> お気に入りの傘がコンビニの傘立てに入れて買い物をしている間になくなってしまいました。男物で柄の長さが市販されているものでは多分一番長いタイプで(ランセル)これだと双子用のベビーカーを傘をさしながら楽に押せたのです。持ち手をベビーカーの押し手に引っ掛けて片手で一緒に持ち、柄の上部を肩に乗せても頭がつっかえないのでとても楽でした。(自転車でもOK)女物の傘だと首が疲れるし、雨ガッパは身体が冷えますからね。ベビー用品の量販店で買ったあのベージュの傘、2代目だったのに。(1本目は喫茶店の傘立てに入れていてなくなりました。)雨風の強い日の保育園の送り迎えに重宝していました。
双子サークルの会報より

[2012/04/20 05:48] | 保育園 | トラックバック(0) | コメント(0) |
胴吹き桜
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2012.4.18
日曜に散歩中、公園の桜が、
幹からちょこんと花を咲かせていて、
可愛いなーとパチリ。
調べてみたら胴吹き桜というそうです。
まだ社会人になって二週間ですが、
『どう?どんな感じ?』 と聞いてみたら
は 「もう一年ぐらい働いているみたい」 
と口をそろえて言ってました。


1995.1月
【4才10か月の頃】 
明けましておめでとうございます。皆さんよい年をお迎えになりましたでしょうか。わが家では私以外は何とか元気です。と、いうのは年末からどうも体調が悪いと思っていたら1月2日から39度の熱を出して寝込んでしまい翌日には休日診療所のお世話になりました。4日は仕事だったので何とか出勤したのですが5日に内科で診てもらうとインフルエンザとの事。職場の人や、主人や子供たちに感染していたらどうしようと頭をかかえています。このインフルエンザはきつかったです。感染していたら症状が出る前に抑えることは出来ませんかと聞いたのですが(子供たち)無理だそうです。今はひたすらうがいをさせて感染しても軽く済むことを願うばかりです。5日の夜、内科に行くとき、さすがにを連れて行くわけにいかず 「お母さんね、ちょっと病院に行ってくるから、お留守番をしててくれる?」 というと 「いいよー、気を付けて行っておいでー」 とあっさり送り出してくれました。ちょっとスーパーに行くのと違って時間がかかるので心配でしたが、ちゃんと待っていてくれました。すっかり大きくなったなあと感心しました。
双子サークルの会報より
[2012/04/18 23:13] | 保育園 | トラックバック(0) | コメント(0) |
毘沙門堂
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2012.4.17
が3月まで学生生活を送った町の高台に、
私たち一家のお気に入りスポットの毘沙門堂がありました。
地元の方がこの桜の木の下でお花見をすると聞きました。
遠くには美しい山なみが、
足元にはスミレやホトケノザ、ツクシがいっぱい。
木のベンチに座って文旦を食べました。


2007.12月
【高校3年生の頃】 
工業高校に通っていた、メカトロ系ロボット工学コースでした。園芸科の高校で環境緑化コースにいた。有機、無農薬農業、バタフライガーデン作りに頑張っていました。進路ではは自己推薦であっさり地方の工科大に、は少し苦戦の末にバイオ環境学部のある大学に決まり、は寮生活、は自宅から通学。はじめて二人別々に暮らすことになりました。
[2012/04/17 08:39] | 高校 | トラックバック(0) | コメント(0) |
本棚
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2012.4.15
もうお花見も最後の日曜のS公園を散歩していたら、
桜の花びらが敷き詰められた地面にたんぽぽが・・・。
は、先月にが大学の下宿先から持ち帰った、
段ボールに7、8箱の本を出し、
やっと本棚代わりの三段ボックス4つに並べました。
よく使うものを上から順に並べたい
ジャンル別に枠にシールを張り、並べたい
結局、の主張が通り、ジャンル別に・・・。(誰の本?)
これで段ボールがあとわずかになりました。


1996.11月
【小学1年生の頃】 
<学童のおたより、子供の様子より>
<治> ほかの子に誘われるかたちですが、それでも、積極的に、公園に足を運び、一緒に遊べているなと思いました。部屋の中では、まだまだ初級ですが折り紙に挑戦したり、上の子に折ってもらったりしています。5年生のマリに学校兄弟ということもあり、可愛がってもらってます。(終わりの会ではひざの上に座ったりしていたそうです)
<平> 平と一緒に折り紙を折ったり、公園に出向いて同級生や上の子と遊べるようになってきています。は、学童に帰ってきたら、二人でにこにこしゃべっては笑い、着替えるのにすごい時間がかかります。それくらい楽しそうです。(家に帰ってもおそろしく時間がかかってました・・・)
[2012/04/15 23:17] | 学童保育所 | トラックバック(0) | コメント(0) |
古いアパートの桜
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2012.4.14
の通った学童のあった一角の桜です。
昭和初期の古いアパートでした。
懐かしい風景です。


2002.3月
【小学6年生の頃】 
前日に続く
そんな中で、やはり、続けられた大きなポイントは 『お父さん』 が学童の役員を次々に引き受け、私に家事に向かう余裕をくれた事だったと思います。産休明けから一年間通った共同保育所では、とにかく子供をつれて、ミルクを飲ませ、離乳食を食べさせながらの、夜の運営会議、土日のバザー、事業部活動、そしておまけの後援会活動。その時は一人で必死で頑張りましたが、学童ではお父さんの協力があってこそ乗り切ってこられたのです。双子で年の違う兄弟姉妹のいないですから、お兄ちゃん、お姉ちゃん、弟、妹のいる環境で小学生時代を過ごせたのは、今思うと本当に幸せな6年間でした。これからも"手助け"の出来る二人であってほしいと願っています。
学童の卒所によせて
[2012/04/14 21:57] | 学童保育所 | トラックバック(0) | コメント(0) |
公園
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2012.4.13
学童の近くの公園の枝垂桜も満開です。
今日は雨の一日でした。
桜もかなり散ってしまいました。
は毎日何をしているのか聞くと、「プログラミング・・・」 と簡単に。
は 「明日、土曜出勤で納品についていく」 ということです。
京都で悲惨な交通事故がありました。日曜に家族で歩いた通りです。
晴天の中、満開の桜を見ながら楽しく歩いておられたでしょうに。
ご冥福をお祈りします。


2002.3月
【小学6年生の頃】 
前日に続く
は弱視(年中さんの時は0.01の世界)という事もあり、どこか動きの少ないこわがりの大人しい子でした。親もあまり休日に外遊びをさせる事もなく、後日『学童に入るまでブランコに乗れなかった』と指導員のおたよりの中に書かれていたくらいです。(一応滑り台やジャングルジムは好きでしたが)低学年の時はあまりパッとせず、消極的な二人。他の活発な低学年や高学年にかくれて、とにかくいやがらずに行ってくれれば・・・と毎日祈るばかりでした。1年生の二学期の初めだったと思いますが、が登校拒否(?)をして非常に困ったとき、仕事にどうしても穴をあけられず、指導員が朝早く出勤してくれて、学童にいさせてもらった時は本当に感謝でした。調子に乗りすぎて指導員のシャツの背中に"うんこ、しっこ"とマジックでいたずら書きをしたときはショックでしたが、ふだんあまりエスカレートしないわが子がそんな事をしたのは、一歩一歩学童が第二の我が家になってきた証だったのでは・・と今では思います。先生、あの時はすみませんでした。その後は同じマンションの友達の家に入りびたって学童に行けない日が続いた時期もありましたが、次第に"あたり前"のように通い始め、高学年になってからは土曜日もかかさず行くようになりました。二人が生まれてからは、親の病気、死、手術、入院、看護・・。出産の遅かった私はそういう年代だとはいえ、子育てにじっくり時間をとる事もなく、まわりの変化に振り回された12年間でした。
明日に続く
[2012/04/13 22:23] | 学童保育所 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ポピー
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2012.4.12
今日は仕事が休みで、主人と息子たちを送り出して、
まずはハローワークに・・・。
一応失業しています。短時間のパートはしていますが。
認定日の手続きをすませ、ひとりランチを・・・。
またまた去年の写真ですが、まだ大学生だったと、
ポピーが見ごろの万博公園に行った時のものです。
は園芸科の高校に通い、けっこう花木にくわしいので。
二人で広い公園の中の植物を眺めながら楽しい一日でした。
平日に息子と外出したり、ランチを出来たのも失業のおかげ?でした。
今はもう社会人になってしまいましたから。


2002.3月
【小学6年生の頃】 
学童の卒所によせて
1996年4月、双子の子供が5年間の保育園生活を卒業して、小学校に入学し、親の方が新しい生活に大きな不安を覚えていた時期でした。色々な選択の中、しばらくは 『いきいき』 (放課後事業)に行かせて様子を見ようと決め、5月からの 『いきいき』 の開始までの1か月間、実家の母に泊まり込みで来てもらって放課後を乗り切ろうとしていたのですが、頼みの綱は身体の弱い母、不安は的中して2週間で過労で倒れて入院してしまったのです。あと1週間と少し・・何とかして前倒しで 『いきいき』 に通わせてもらえないかと無理を承知でお願いしたのですが、断られ、しかも新一年生は「月水金」と「火木土」に分けないと希望者全員を受け入れられないとの話にこれはもうダメだと観念して、M共同学童保育に電話したのです。『明日から行かせたいのですが』 『いいですよ、学校まで迎えに行きます。小学校の担任の先生との顔合わせをした方がいいので、立ち会ってくださいね。』 との事で、翌日、校門で初めて指導員と対面、その日からは学童の子となりました。
明日に続く
[2012/04/12 14:03] | 学童保育所 | トラックバック(0) | コメント(0) |
吉野の桜
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2012.4.10
これは去年の写真ですが来週はそろそろ見ごろかもしれません。
は明日は日帰りで名古屋の展示会に出張するそうです。
自社製品のプレゼンまではまだなくて、
色々会場を見学して来いと云う事らしいです。


1995.12月
【5才9か月の頃】 
<公文でいねむり>
先日、公文の教室の日に、いつもどおり6時過ぎにあわてて家に帰ってくると、階段の所で公文の先生とバッタリ(マンションの同じ棟に住んでおられるので)、すると 「お母さん、ちゃんから何か聞かれました?」 「いいえ」 「まあ、じゃあちゃんの事かばっているのかしら。実はお母さん、ちゃんがこの頃教室でいねむりが多くて、ぜんぜんお勉強が進まないんです。ひどい時は最初から最後まで寝ていた時もあって、椅子から落ちても危ないし、まだ入会して日も浅いので、あまり叱っても逆効果にならないかとちゃんにお母さんに話してねといったんですが。」 ガーン、とりあえずその日はついていったのですが、やはり時間に無理があったのかなと(6時から7時)少々落ち込んでいます。公文の日だけ仕事を早退するなんて出来ないし、こんな時だけ保育園のお迎えを人に頼むのも難しいし、悩んでしまいます。
双子のサークルの会報より
結局公文は長続きせず、その後はチャレンジをしていました。
[2012/04/10 22:07] | 保育園 | トラックバック(0) | コメント(0) |
京都四条で
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2012.4.9
昨日は京都にお花見に行きました。
桜はうまく撮れず、
でもこんな可愛い花が川沿いに咲いていました。
平安神宮から南禅寺、四条へと歩きました。
たくさんの人で家族四人だんだん歩き疲れ、
無口になって帰途につきました。


1991.3月
【1才の頃】 
前日の続き  
『家で二人の赤ん坊を二人でみていると二人とも休む間もないので、かえって仕事に出ているほうが楽なのだが、世の中はうまく出来ているようで、子育ては子供の数プラス大人一人が必要なように、私たちにとっては、その分を保母さんがして下さり、それ以上にベテランの人を得たのだから、どれだけ助かってきたか知れない。こういう自分自身の体験を考えてみると、保育所とはただ単に働きに出る夫婦の子を預かるというのではなくて、若い夫婦についてよく言えることと思うが、子育てに他の立場の人の目を得られること、しかも、それが経験上、専門上の助言を得ながら育児に取り組めるという点から、社会において地域において必要な存在になるのではないかと思う。そうなれば必ずしも仕事を続ける以上やむを得ず子供を預けるというのではなくて、気軽に保育所とともに子育てが出来るということが、夫婦、特に若い人にとっては力強い味方になるように思われた。おかげさまで、うちの子も大きくなりのびのびと育ってきた。このまま将来おおらかな子に育ってくれればと思っています。』 主人がたんぽぽ共同保育所の卒所文集に寄せた文です。
[2012/04/09 23:28] | 共同保育所 | トラックバック(0) | コメント(2) |
夕方の雲
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2012.4.8
今日の夕方、外出した帰り道に変わった雲を見ました。
ひこうき雲・・・?
それはそうと、昨日、から『四つのザイ』の話を聞きました。
『罪』は意欲がなく仕事も出来ない。
『在』は意欲はないが仕事は出来る。
『材』は意欲はあるが仕事は出来ない。
『財』は意欲があり仕事も出来る。
『在』は存在はしているが、長い目で見れば『材』のほうが、
いつか企業のためにはプラスである。・・・ということでした。


1991.3月
【1才の頃】 
たんぽぽ共同保育所の卒所文集より
<卒園に際して・父> 
『もし、双子でなかったら、保育所の存在も知らないままでいたかも知れない。生まれた子を他へ預けるということには抵抗もあった。行き帰りの車の排気ガスや、保育所の環境、知らない保母さんの事など。陽当たりのよい縁側があって、白い積み木のようなところを保育所にはイメージを持っていたが、たんぽぽは裏通りのせせこましいところにあった。しかし自分の家、自分の育った家の事を思うと、同じようなところで育っており、かえって車の往来もなく、下町風の隣近所の声がかかるぐらいのところのほうが注意が行き届くし、かえって周囲にいろんな人がいるほうが日常的で、子の心の成長のためには良いことのように思えた。かくして、保育所に預けるという私の人生にとって予測もしなかった毎日がはじまったのだが、約一年、たんぽぽにお世話になっての感想は、預かって頂いてよかったというのが正直な気持ちである。私たち夫婦は末っ子同士ということもあって両親とも老齢で何かの手助けを受けられるという期待もないところから、子育てというのは、そのイロハから勉強して行かなければならないのだが、保母さんのおかげで赤ちゃん体操の事、ミルクの分量の事、離乳食の事、子供の体調の比較の事、病気のきざしの事等、その都度何かとアドバイスを受けることができて、安心して子育てに取り組むことが出来たので、子供もほとんど熱を出すこともなく元気に過ごせたものと喜んでいる次第である。』
明日に続く
[2012/04/08 18:21] | 共同保育所 | トラックバック(0) | コメント(2) |
夕暮れのS公園
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2012.4.7
昨日の仕事帰りに自転車でS公園のサイクルロードを走りました。
桜がもう七分咲きで、散歩やランニングの人たちも・・・。
小さく写っているのは大学生のボート部員。
は二日間の研修を終えて帰宅。
A温泉近くのホテルだったそうで露天風呂にも入れたそうです。
は同期の社員と、梅田でゆば丼と稲庭うどん定食を食べて帰ってきました。
この店は結構家族で行きますが美味しいんです。



1991.4.21 
【1才1か月の頃】 
『たんぽぽに帰って安心したのか、まわりをキョロキョロ見てはニッコリ。毛布をかけても眠くないよおー!!とぐずっていました。何とかほどなく慣れそうですね。T保育園にも。午後から追いかけっこをしました。何度も保母の前に来ては歩いて逃げていき、とても楽しそうです。あと一日、"好き、好き"と抱きしめるとくんも嬉しそうですが、早く保母の方が"子離れ"の慣らしが必要なようです。保母』 『くんがごはんだけだと3口めぐらいからは"いやいや"と出すようになったので一緒におかずを、そのお皿を見たとたんくんもごはんを近づけるとプイッ!と顔をそむけます。よくわかっているんだなあとつくづく思います。くんたちと追いかけごっこをしていると自分も追いかけてほしそうに保母の目の前をスーッと通ります。保母』 産休明けに入った共同保育所から次のT保育園の慣らし保育中。朝は私が9時に連れて行き、たんぽぽの保母さんが毎日11時に迎えに行って下さいました。
たんぽぽの保育ノートより
[2012/04/07 10:09] | 共同保育所 | トラックバック(1) | コメント(0) |
三つのザイ
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2012.4.6
が研修で聞いて心に残った事として話してくれました。
一番目は『罪』会社に損害をあたえる社員、
二番目は『材』普通に働き会社の資材となる社員、
三番目は『財』意欲的に働き会社に利益をもたらす社員。
そんな意味の事でした。


1990.3.15
【生後10日目】 
K医大の産婦人科を退院して数日間は時間があっという間に過ぎていきました。三日目にがひどく鼻が詰まっているような苦しそうな息をするので不安でたまらなくなり思わずK医大の産婦人科に電話をしました。話を親切に聞いてくれたM先生の「多分大丈夫だとは思うけれどとりあえず近所の小児科で診てもらったら?」の言葉に決心してを毛布でくるみを母に頼んで近所の人に教えてもらったY小児科に急ぎました。小児科の看護婦さんが「わあ、こんな小さな赤ちゃん久しぶり」と目を丸くしていました。診察の結果は大したことはなくて、心配しすぎだったそうです。初めての育児、しかも二人、三時間おきの授乳にほとんど睡眠もとれず、神経が高ぶっていたのでしょう。身体の弱い母に無理をさせたくなかったので昼間はずっと起きて何かしらしていましたし、夜は別室でゆっくり寝てと頼んでいました。自分でそうしながらも夜の授乳が結構つらくて泣き声が聞こえるたびに目まいがしたのを覚えています。そのうち子供が泣いても目が覚めず、主人がいつの間にかミルクを飲ませてくれていたりもしました。母乳は相変わらずほとんど出ず、それでも交代で15分ずつ含ませてからミルクを与えるようにしていました。は少しは強く吸ってくれたのですが、は吸う力も弱かったです。今にして考えればもう少しお腹を空かせても母乳しか与えないくらいのつもりで頑張ればよかったのでしょうが、そんな勇気も気力もありませんでした。そんな頃やっと二人の出生届を出しに行ってもらいました。
双子サークルの会報より
[2012/04/06 19:05] | 誕生 | トラックバック(0) | コメント(0) |
研修
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2012.4.5
今朝は、は、一泊の企業研修に出かけました。
中小企業の新入社員がホテルで一泊して、
マナーや接客、名刺交換や、その他、色々の様です。
もこちらは一日のやはり合同研修です。
先月にが地方の大学を卒業して、
大量の段ボールとともに帰宅してから、ずっと二人だったので、
は「・・・さびしい・・・」と一言。
8畳の部屋を荷物だらけにして、
二段ベッドにパソコン2台の足の踏み場もない状態ですが、
二人で延々とDVDをみたり、
よくそんなに話すことがあるなあと感心するくらい、ずっと話しています。

1990.5.7
【生後2か月の頃】
前日の続き  
そうこうしているうちに5月7日になり、朝の6時に二人を起こしてミルクを飲ませ、食事や家事をすませ身支度をして7時45分に出発し、バス通りで主人と別れ、たんぽぽに着いたのは8時10分、オムツ交換をして二人の専用の引き出しに着替え等を入れ、保母さんに後をお願いして職場に向かいました。子供が一歳になるまでは一日に一時間の育児時間が貰えたので8時半~17時の勤務時間は9時半~17時になっていたので。この日は9時15分にA駅に着きました。出勤後は一通りの挨拶を済ませ、仕事は1年近いブランクがありましたが何とかこなし、昼休みは急いで食事を済ませ普段ほとんど使われていなかった宿直用のシャワー室の脱衣所を借りて搾乳をしました。搾乳といってもタオルを濡らす程度でしたが、少しでも搾っておかなければ完全に止まってしまうと真剣だったのです。17時になり急いで身支度をし、地下鉄を乗り継いでたんぽぽへと急ぎました。1日見知らぬ人達に囲まれて泣いていたのではないかと考えながら戸を開けると、は機嫌よく起きていました。はよく眠っていました。二人ともミルクを200も飲んだと聞いてびっくり(それまで140だったので)保母さんの話でははよく泣きよく飲みよく笑いおしゃべりしていたそうですが、はミルク以外はほとんど眠り、目の覚めている時もおすまししていたそうです。二人をベビーカーに乗せて帰宅するともう6時半でした。我が家はエレベーターのないマンションの3階なので、まず一人を抱いて上がり玄関に置いているベビーキャリーに入れて、すぐもう一人を迎えに行き二人をベビーベッドに寝かせてから、もう一度降りてベビーカーをたたんで片づけて(1階の隅に置かせてもらって)やっとずっしり重くなったバッグを持って上がるという順番でした。
双子サークルの会報より


[2012/04/05 09:37] | 共同保育所 | トラックバック(0) | コメント(0) |
春の嵐
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2012.4.4
昨日は恐ろしいほどの強風でした。
勤務日ではなかったのですが、
昼に少し出かけたら帰りに土砂降りにあいました。
帰宅したらリビングの窓が風に強く軋んで、
何か飛んできたらガラスが割れて部屋中に飛び散るのではと、
落ち着いて座ってられませんでした。
も交通機関が乱れ、長時間かかって帰宅しました。

1990.5.1
【生後2か月の頃】
5月1日の保育ノートより。体重・5760グラム、5160グラム(誕生時2810と2420)、授乳回数・計14回、オムツ交換・計18回。まだ布だけで頑張っていました、というか紙オムツを買った事がありませんでした。産後に自営業のレコード店を休んで手伝いに来てくれていた母も四月からは家に帰り、一人で子供たちを見るのもだんだん慣れて、二人の眠っている間に自宅の近くの桜の名所のS公園を自転車で走ったりして息抜きしてました。双子用のベビーカーはもっぱら家の中で日光浴用に使っていて、まだ二人をつれて私だけで外出する勇気がなく、初めて外で使ったのは、たんぽぽ共同保育所に面接に出かけたときでした。その時点では乳児三人に保母さん二人という、わりと余裕のある体制で、先生方は産休明け保育にかかわって10年20年というベテランと聞き、これなら何とか安心して職場に復帰出来るのではと、子供たちを託す決心をしたわけです。GWは職場復帰と保育園の準備で頭がいっぱいでした。保育所に毎日持っていく物(オムツ12組以上、カバー3枚以上、着替え3組以上、エプロン、手拭、ガーゼ、バスタオル、カバーをつけた毛布)これを二人分と思うとあ然としましたが、大きな旅行バッグにパンパンに何とか詰め込みました。5月5日に二人そろって初めて声をあげて笑ってくれたのでうれしいやらびっくりするやらでした。体重も順調に増えているようでしたし、相変わらず母乳がほとんど出ないのが悩みの種でしたが、マッサージも数回通っただけで(毎日来なさいと言われたのですが歩いて30分の所に二人を連れていけないし、かといって預かってくれる人もいない)やめてしまいました。職場復帰後、冷凍母乳を活用するなんて夢の夢でした。
双子サークルの会報より  明日に続く

[2012/04/04 22:20] | 共同保育所 | トラックバック(0) | コメント(0) |
初出勤
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2012.4.3 
昨日の朝は、初出勤の息子たちを見送りました。
昨年までは私が家族で一番早く出勤していたので、
こうして見送れるのは楽しいですが、
ついちょっとしたことでガミガミ言ってしまい、
うるさいと思われているのでしょう。
私服で普段スーツ着用をしない会社なので、スーツはやめるというに、
最初の日くらいスーツにしなさいと主人と口をそろえて意見してしまいました。
の会社は入社式はスーツ着用と説明があったので問題ないのですが・・。
帰宅したに聞くとやはり新人は全員スーツだったそうです。
どちらの会社もなごやかな雰囲気らしく、明るい顔で帰ってきました。

1990.7月
【生後5か月の頃】 
君はうんちが出ているのに、保母が君の体操をしているのを気遣うように何もいわずうつぶせであそんでいます。そのうちウトウトしだしたのですがオシメをとりかえ、相手になると目をまたパッチリさせ喜んでくれてます。保母』 『昨日は帰りのベビーカーでぐっすり眠ったのに家に帰ってからはよく泣きました。二人並んでラックにすわらせ、ベビーフードのわかめスープを飲ませてみると気に入った様子で次々と口を開けて待っていてくれました。その後ミルクを150元気に飲んでくれましたがは抱っこしないと泣き続け少し眠って入浴すると、あとはぐっすり眠りました。母』
たんぽぽ共同保育所の保育ノートより
[2012/04/03 08:42] | 共同保育所 | トラックバック(0) | コメント(0) |
記念写真
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2012.4.2 
日曜は大学卒業の記念に、
高校入学以来の家族写真を写真館で撮りました。
大学入学や成人式の時は子供だけで撮影したので、
四人揃っては七年ぶりです。
は就活スーツをネクタイで変化をつけ、
私は初めて着物にしました。
この着物は九年前に亡くなった母の形見で、
母が若い頃に姪(私の年の離れた従姉)に譲ったものが、
最近ひょんな事から手元に帰ってきたので、
機会があればぜひ着たいと思っていました。
出来上がりが楽しみです。

1995.8月
【5才5か月の頃】
<弟・妹>
この頃段々太ってきてお腹にも脂肪が多くなったように思ったので、二人とお風呂に入っていた時に何気なしに口にすると、が「赤ちゃんがもうすぐ生まれるんとちがう?」と言うので私も調子に乗って「男の子と女の子とどっちがいい?」と聞くと「どっちも一人ずつ二人ほしい」とちょっと恐ろしいことを言ってました。は「100人ほしい」と言うので「そんなんお母さん死んでしまうわ」と言うと、あっさり「それじゃ四つでいいよ」と言ってました。それもちょっと無理だと思うんですけどね。
双子サークルの会報より
[2012/04/02 18:39] | 保育園 | トラックバック(0) | コメント(2) |
はじめまして
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2012.4.1 
ずっと憧れていたブログがようやくスタートです。
結婚五年目に授かった一卵性の双子の息子たち
>と<>との生活を、
懐かしい保育園の日記や双子サークルの会報から、
前後いろいろで進めたいと思っています。
息子たちはこの四月から社会人になり、
子育ても一段落したなあと感慨深いものがあります。

1991.4.7
【1才1か月の頃】
<じっくり貯蓄型大賞>平くん 
まわりをじっくり観察、ゆっくりと段階を踏み、自分の中でいろいろためこんでいっきに表現するくん。くんのペースでこれからもゆったり歩みを進めていって下さい。
<ケロケロケロッピー大賞>治くん 
平くんと同じ日に、同じ父母の血を受け継ぎ同じものを食べて育ったのに各々ちがう性格。つくづくと人間って一人一人ちがうんだと感じさせられます。イヤなことはイヤと大声をはりあげ主張するくん。でもすぐにケロッとしてあそんだり、笑ったり。
たんぽぽ共同保育所卒所証書より
[2012/04/01 08:11] | 共同保育所 | トラックバック(0) | コメント(2) |
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Author:たんぽぽ・ママ
女性 関西 
30年勤めた会社を2011年に退職 
現在パート勤め

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