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私と息子たちのタイムスリップの日々
フルタイムで働きながらの双子育ての思い出、今は初期の認知症の主人と、私の乳がんの術後の事もちょっぴり。
平成元年
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2020.2.24
今夜の「秘境路線バスで飲食店を見つける旅」という、
テレビの番組。ゴールは修善寺温泉、梅林。
あー、行ったことある!懐かしい風景が。
平成元年、昭和天皇の「大喪の礼」の日に皇居に行きたい、
主人と上京しました。それが2月24日。雨の中、車列を、
お見送りして、そのまま修善寺へ。番組でも紹介された、
「新井旅館」で一泊して、梅林にも。主人はあまり記憶に、
「ないなあ」などと言っていました。旅館の温泉が素敵で、
私は忘れられない思い出です。三島の「桜家」で美味しい、
うなぎも食べました。なんの情報もなく入りましたが、
歴史のある由緒あるうなぎ屋さんでした。
その年にを授かり、翌年の3月に生まれたのです。
[2020/02/24 21:16] | 想い出 | トラックバック(0) | コメント(2) |
禄剛崎
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2020.1.27
夜にBSの「ローカル路線バスの旅・名古屋~能登」を、
見ていました。旅番組の好きな主人がチャンネルを。
最後に禄剛崎を目指していて、見るともなく見ていました。
狼煙というバス停から、灯台へ。
「私、ここに行ったことあるよ・・・」というと、
「えー、そうか」とかなり反応していた主人。
高校の修学旅行で立ち寄り、よく覚えています。
クラス30数人での旅、行き先と実行委員を決めて行程を考えて、
能登半島を旅行したのです。灯台でもクラスメイトとたくさんの、
写真を撮っています。卒業アルバムを出してきて、「ほらね」と。
「本当や!まさにここやねー」卒業アルバムは、業者製ではなく、
写真科の生徒が時間をかけて、現像や焼き付けした、手作り。
フエルアルバムに収められた、クラス毎の集合写真、個人写真は
一人一人校内の自分の好きな場所で、撮影してもらったもの。
手書きのコメントを、人数分コピーしたものを自分でレイアウト。
高校生時代の個人的な写真も空きスペースに入れていて、
今でもすぐに取り出せるように、寝室に置いています。
一昨年だったか、がドライブで立ち寄ったらしく、
やはり、アルバムを出して見せるとびっくりしていました。
まあ、有名な景勝地ではありますが。
難病で体の不自由なY君をクラスの男子が交代でおぶり、
全行程を回りました。同窓会、一度しか行ってないので、
もう、会うこともないかなあ。
画像はネットよりお借りしました。
[2020/01/27 23:59] | 想い出 | トラックバック(0) | コメント(2) |
写植のうた
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2020.1.22
昨日、朝に立ち寄る喫茶店の店主さんが、日曜に家のレコードを、
売りに行った中古レコード店のツイッターに「和物入荷!」って、
出てますよ、もしかしてこれそうですか?と。アハハそうでした。
長年我が家の押し入れに入っていたシングルレコードが日の目を。
売れればいいなあ。中学、高校生の頃に集めていた、
歌謡曲や、フォークソング。ほとんどカセットテープにダビング、
レコードは、あまり繰り返し聞く事はなかったので新品同様だと。
買い取りに出さなかった、シングルレコードに懐かしいものが。
昔、印刷会社に勤めていたとき、記念に配られたもの。
「写研」という会社が創業50年に制作した「写植のうた」。
お名前を見ると二年前にお亡くなりになった女性の社長が、
企画構成されバックコーラスにも参加されているみたいです。
作詞・杉紀彦さん、作、編曲、唄・和田昭治さん。
私は印刷会社で製版課にいたので写植もしていて、ジャケットの、
イラストも思わず微笑んでしまう懐かしさです。
写植機のこんな古い画像があったのでネットよりお借りしました。
このレコードをどんなときに頂いたのか、まったく記憶にはなく、
聞いたこともほとんど無かったかも。40年以上経って聴くとは、
夢にも思ってなかったはず。二年くらい前にと四天王寺の、
周辺のお寺に御朱印を頂きに行ったとき、印刷会社まで立ち寄り、
懐かしみました。写研も、印刷会社も今も進化して存続してて、
うれしいです。レコードを聴き、ほのぼのしました。
[2020/01/22 21:38] | 想い出 | トラックバック(0) | コメント(2) |
前日
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2020.1.17
25年前の1月16日に、わが家は阪急電車で京都にお墓参りに、
出かけました。花を買って、梅田から急行に乗り、桂に。
息子たちがいたずらをするかと、花は網棚の上に置きました。
駅に着き、ヴィドフランスでお昼ご飯に好きなパンを選んで食べ、
店を出たとたんに、「あっ、花がない」電車の網棚に置いたまま。
とっさに駅員さんに声をかけると「何時頃に着きましたか?」と。
時間と車両を伝えると何やら時刻表を見ていた駅員さん、
急に走り出し、階段をかけ下りホームに、そして戻ってきました。
その手には私の置き忘れた墓花が。「はい!」と渡されました。
絶妙のタイミングで、急行が終点から折り返して来ていたのです。
しかも花はその場所にそのまま。あまりの幸運にポカーンと。
と主人も何が起こったのか分からずポカーン。
終点の河原町まで取りに行くか、諦めるかと思ったのに。
お墓参りを無事に済ませたその日は連休最終日でした。
この話を誰かにしたいなあと思っていた翌日の早朝に、
あの阪神淡路大震災が起きたのです。わが家は食器一枚すら、
割れないほど、何も被害がなく、神戸や周辺の大変な被害に、
驚くばかり、他の事業所では、亡くなった方もいました。
とても、花の話なんか誰にも出来る状況ではありませんでした。
何気ない日々の翌日に何があるかは分からないのだと、
感じ、それからを過ごし、忘れかけていた記憶です。
[2020/01/17 23:33] | 想い出 | トラックバック(0) | コメント(6) |
文集
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2019.6.23
昨夜は機嫌良く、今日は尼崎の絵画展をのぞいて、
六甲高山植物園に行こうと話していた主人は、
起きられず、やっと朝食を食べるとまたベッドの中。
「今日は出かけるのはやめる」と、辛そうに。
あきらめて、今日もリビングの本棚の整理。
保険関係のファイルや、平成以降の年賀状ファイルは、
先週に整理したリビングボードに納めました。
詰め込んでいた本を見やすくゆったり並べかえ、
買い取りに出すものを分けているうちに発見!
四月に父方の先祖の住んだ久万高原町にドライブして、
お墓参りなど出来ないか参考にしたくて、昔、
父方の長く続いている家族の文集に、叔父がルーツを、
調べて判明した事を記していた号を探して見つからず、
手がかりのないままだったのですが、その文集を発見、
昭和56年12月20日発行のものでした。
天正13年(1585)に常陸の国から移ってきた武将が、
この地の城主となり、常陸から従ってきた与力の一人が、
先祖だそうで、のちに土佐の長曽我部軍と戦って、全員が、
討ち死にしたらしいです。叔父がお寺で聞いた話では、
そのすべての姓の人が長くその地域に現存していたのに、
実家の姓だけが、祖父の妹が嫁いだときに無くなったとか。
祖父は祖母と結婚した頃に、松山に出ていたので。
近くの神社には若者が力比べをする大きな石が二つあり、
その石の一つに、○○石と、実家の姓がついているとか。
先祖が、もしも与力として同行することがなければ、
私やはこの世にはいなかったんだなあ、
その石、触れてみたかったなあ。まあ、次の機会を待ちます。
アジサイの花を先週の水曜日にスマホで撮っていたら、高齢の、
花好きらしい女性に話しかけられ、答えているうちに、
青信号も何度も見送りました。何でも、前の週が一番きれいで、
そのころに、下に咲いていた花をかなり切り取られて、
(花泥棒?)すっかりさびしくなったそうでした。
[2019/06/23 23:59] | 想い出 | トラックバック(0) | コメント(2) |
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たんぽぽ・ママ

Author:たんぽぽ・ママ
女性 関西 
1990年生まれの双子の息子の母です。
30年勤めた会社を2011年に退職。 
同業で現在パート勤め。

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