私と息子たちのタイムスリップの日々
フルタイムで働きながらの双子育てでした。2012年春、息子たち(兄・平、弟・治)は大学を卒業して社会人になりました。
奈良へ
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2017.8.20
お盆に行けなかった、両親の仏壇に参りました。
奈良の姉の家に、上の姉と二人で。天王寺で待ち合わせ、お花を買おうと、
以前何度も行った花屋さんに向かうと、何と無くなっていました。
天王寺ステーションデパートがミオに変わって、日頃はあまり天王寺には、
買い物をする機会がなくて、気が付いていませんでした。
足の痛い姉と私。そういえばGWに主人と水彩画展に来た時に食事をした、
「あべちか」に花屋さんが出来たような記憶が・・、行ってみると、
何とステーションビルにあった「千都誠苑」でした。移転していたんです。
以前のお店は広くて品ぞろえも良く気に入っていましたが、少し小さくなった、
今も、入りやすく、気に入った白のトルコキキョウ、薄紫のアスター、
黄色い可愛いピンポンマムを2000円分組み合わせてもらって、
両親の仏壇に供えることにしました。明治8年創業の花屋さん、
次もまたここで買いたいな。花の写真は忘れて残念でした。
あべちかの「まえだ」で「山かけきしめん」と「冷やしそうめん」セットでランチ。
急いで奈良に向かいました。電車は座れてラッキー!
奈良の姉の家では、義兄についついすすめられるままに、
昼からビール、日本酒、ウイスキーと飲みすぎました。
義兄の最近の趣味、一眼レフでの写真。
好きなゴルフは今は一割、写真が九割だというほどになったそうです。
会員制の写真愛好者のサイトで毎日投稿して、他の方の投稿写真も研究、
寄せられるコメントなどを参考にますます磨きをかけておられるようでした。
何でも適当にパチパチしている私、恥ずかしくて・・・。
花、風景、孫の素敵な写真を、大きな画面のパソコンで見せてもらいました。
ついつい長居して、の帰る時間には間に合いませんでした・・・。
二人は自分たちの「お城」のために、ニトリやコーナンで買い物したみたい。
[2017/08/20 23:59] | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) |
ゲリラ豪雨
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2017.8.18
朝、外を見ると激しい雨。バスにしようか、地下鉄駅まで歩くか、
レインポンチョを着て、自転車で行こうか、迷っているうちに小降りになり、
結局いつもの時間に自転車で家を出ました。傘もいらないくらい・・・。
しかも、銀橋の下を過ぎたあたりからは道も濡れていませんでした。
ピンポイントのゲリラ豪雨だったのかなあ。
いつも寄る喫茶店の店主さんも濡れ髪。「地元はすごい雨でした・・」
「こっちはもう大丈夫ですね」話しているとまた強い雨、でも、
店を出るころには上がりました。無事にいつも通りに出勤できました。
お盆頃のヒマな状態がだんだん元に戻り、今日は忙しい一日でした。
やっと明日は整骨院に行ってメンテナンスできます。ひざが痛ーい。
夜には、まずが、11時頃にはが続けて帰ってきました。
LCCで帰ってきた。最寄りの新幹線駅でなく在来線で帰ってきた
自転車で駅までの道、ゲリラ豪雨にあって、「ずぶぬれやった」と。
風邪ひくよ。
[2017/08/18 23:59] | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) |
3100キロの旅
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2017.8.16
今日は休み、すんなりデイケアに参加してくれた主人。うれしいけど心配。
12時までにと、土曜日に認知症専門クリニックにうっかり忘れた日傘、
念のため電話で確認すると、ありました・・・。地下鉄に乗って受け取りに。
自転車でも行けないことはないのですが、片道30分はかかりそうで、
ひざがつらい身では、やはり地下鉄で。エレベーターとエスカレーターを、
探してキョロキョロ、するとお仲間の高齢の方から道を聞かれること、
何回も・・・、わかりにくいところにあったりするエレベーター。
遠く用のメガネを持っていなかったのでちょっと困りました。
最近買った紺色にパープルの小花模様のレースのついた晴雨兼用の日傘。
戻ってきてホッとしました。5年以上前に買ったものも捨てられないのですが。
今日は「ちんとんしゃん」はお盆休みで、サイゼリアで500円のランチ。
主人はカレードリア、私はエビと明太子のドリア、スープとサラダ付き。
ドリンクバーを追加してエスプレッソの主人、私はソフトドリンクとブレンド。
は北海道旅行からやっとそれぞれの部屋に帰り着いたようでした。
走行距離は3100キロ、6日間のほとんどが車内泊、よくやるなあ・・。
のFBからの画像。「今度は家族で来よう」とはつぶやいています。
[2017/08/16 23:59] | その他 | トラックバック(0) | コメント(2) |
終戦記念日
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2017.8.15
今日は終戦記念日。普通に勤務して帰宅しました。
終戦時には20才だった両親は、愛媛と鹿児島で終戦を迎えました。
旧満州の企業で働き、現地で召集された父は、終戦直前に帰国して、
本土防衛の任務に就いていたので、すぐに家族のもとに帰ることが出来、
昭和13年ころに亡くなった祖父の代わりに一家の大黒柱として、
祖母と5人の弟妹を守って暮らせました。弟を大学卒業、妹を公務員に、
自身は、不況の中、転職を繰り返し、末っ子の私が生まれた頃にやっと、
銀行員の職を得て、生活が安定したそうです。
母は故郷の鹿児島で通信の職に就きながら終戦を迎え、戦後は東京で、
さまざまな職に就き、神戸で父と巡り合って、大阪で暮らし始めたそうです。
父は昭和52年、母は平成15年に亡くなっています。
以前記事にもしましたが、平成23年に発行した母の追悼文集の中で
『・・・・もし、おばあちゃんに聞いてみたいことがあるとしたら、
それはおばあちゃんの人生です。おばあちゃんは戦前戦後を生きていて
戦争を体験しています。きっと色々な辛いことがあったはずです。
私が高校生になったころ、日本という国を意識しだして、日本の歩みを
あらゆる角度から知りたいと思った時期がありました。
おばあちゃんの人生を聞いていろいろ勉強したかったです。
「もう少し長生きしてほしかったなあ。」(息子たちが13才の時に亡くなる)
それが私のおばあちゃんに対する気持ちです。』と書いています。
今年は北海道旅行に行ってしまいましたが、この時期は我が家は、
毎年、主人との男子三人で、戦中戦後の話を熱心にしています。
[2017/08/15 23:59] | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) |
お風呂
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2017.8.14
痛むひざのために、熱めのお風呂にゆっくり入るようにしています。
暑くなってシャワーだけの日が多かったので。
独身の頃、ひざが痛いという母に、薬局で温泉の素を買ってきて、
足湯をすすめた時期がありました。母もよくひざが痛むと言っていたなあ。
瓶入りの粉末の硫黄のような温泉の素だった記憶が。少しは効いたのか。
は北海道旅行も終盤で、美瑛の「ぜるぶの丘」に立ち寄り、
帯広で豚丼やじゃがバター、ホッキ貝、札幌でバターラーメンを食べたそう。
フェイスブックで行動がよくわかります。
[2017/08/14 23:59] | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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女性 関西 
30年勤めた会社を2011年に退職 
現在パート勤め

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